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<title>アーティスト・インタビュー | 関西えんげきサイト</title>
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<pubDate>Sat, 20 Sep 2025 11:46:57 +0900</pubDate>
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<title>金民樹が20周年記念公演を語る。</title>
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<pubDate>Tue, 19 Aug 2025 10:14:51 +0900</pubDate>
<description><![CDATA[大阪を拠点に、在日コリアンと日本の有志達によって2005年に結成された劇団タルオルム。第1回関西えんげき大賞（2022）優秀作品賞を受賞、また韓国・釜山公演では韓国2023RED AWARD「注目すべき視線」部門を受賞している実力派だ。「夜道を照らす月の明かりになりたい」と、タル（月）、オルム（昇り）と命名。年に1度の自主公演のほか、学校公演も精力的に行い、結成時から韓国公演も続けている、バイリンガル劇団である（日本で上演する時は、基本日本語で、朝鮮韓国語の台詞のみ韓国語の字幕がつく。韓国で上演する時は、それが逆転する）。20周年特別企画として、39作目となる新作『おとうとが消えた日』を上演する。これまでも、実際に起きた悲劇的な事件を描きつつ、生気溢れる舞台を創出してきたが、今回も実在の事件を扱う。1970年代に韓国で多発した在日韓国人スパイ捏造事件がモチーフ。事件に巻き込まれた人々に取材し、構想を練り、3年近くかけて書き下ろした労作。劇団代表で作・演出の金民樹（キム・ミンス）に、新作について、そして劇団として目指していることをお聞きした。
スパイの濡れ衣を着せられた在日コリアンの格闘
1970年代から80年代にかけて、韓国では在日韓国人が「北のスパイ」にでっちあげられる事件が相次ぎ、無実の人々が韓国の獄中に捕らえられた。軍事独裁政権下の民主化弾圧が背景にある。本作のモデルとなった人物は、九州で生まれ育った在日二世。東京の大学を卒業後、韓国の大学院に留学。卒業を2週間後に控えたある日、突如連行され、スパイであるという自白を強要され、13年間投獄された。彼との結婚式を控えていた女性や家族、親族達の格闘の日々が描かれる。「劇団タルオルムは、声を上げられなかった人々の声なき声と、過酷な状況下でも力強く生きた人々を描いてきましたし、今後も描きたいと思っています。今回は特に在日コリアンと母国の関係、そして家族の物語を描きたいと思います」。濡れ衣を着せられた彼には、支えた人々がいた。その中には日本人も数多くいたという。日本での学校の級友達などだ。なお、劇団タルオルムの作品では、在日コリアンの過酷な歴史が描かれるが、彼らを支える日本人の姿も描写されてきた。
日本と朝鮮半島の架け橋になる舞台を作りたい
第1回関西えんげき大賞優秀作品賞受賞作『さいはての鳥たち』（2022年）は済州島4・3事件を背景にした作品だが、そこでもキーパーソンの一人を日本人にした。1948年、朝鮮半島分断に反対する済州島の島民達が選挙を放棄。軍や警察に島民3万人が虐殺された事件。原作は、済州島から命からがら大阪に辿り着いた人々を描いた、金蒼生の小説。日本で生活するようになった主人公の窮地を救った人物は、原作では在日朝鮮人だった。それを金民樹は原作者に直談判し、台本では日本人に変えた。かつて大阪大空襲の時、在日朝鮮人に命を救われた日本人女性が、その恩返しとして今度は朝鮮人を救ったという設定にした。その変更により、復讐の連鎖は戦争を生むが、恩返しの連鎖は平和を実現することが示唆された。「この20年間の、日本人の役者さんやスタッフさん達との創作の過程があります。彼らの力がとても大きいです。良い助言を下さって、困った時には助けてくれました。彼らがいたからこそ、今の私達がいます。それはとても大切な関係です。劇団結成当初、劇団名の由来である『夜道を照らす月の明かりになりたい』には、在日コリアンの若者達の夜道を照らしたい、という思いを込めていましたが、今は変わりました。私は、自分は日本人ではないという自覚はありますが、日本社会の一員であると思っています。日本への恩恵と愛情があります。この社会全体を美しく照らしたい。この社会に生きる人達の夜道を照らしたい。この20年間でそれを目指したいと考えるようになりました。日本と朝鮮半島の架け橋になる舞台を作りたいと願っています」。今回の舞台でも、在日コリアン俳優達と、関西で活躍中の日本人俳優達が共演する。韓国留学中に無実の罪で投獄される青年・チャンを大橋逸生、青年が結婚を約束したソウル在住の女性を姜河那、彼を弟のようにかわいがる在日コリアンの叔父をリリパットアーミーⅡのうえだひろし、母親をシバイシマイの是常祐美、親族を、劇団副代表の卞怜奈が演じる。
韓国・済州島の劇団との交流
金民樹は在日三世。祖父母が済州島から日本に渡った。朝鮮学校出身で中学の放送演劇部（口演部）で演劇を始めた。中学2年生の時、大阪で、在日コリアンによる劇団アランサムセを観劇。朝鮮語だけの芝居を初めて見て、朝鮮語の美しさを改めて実感。その時の思いが演劇を続ける原動力ともなり、劇団結成につながった。旗揚げ作品は『孤島の黎明』。済州島4・3事件を扱った作品で、創作準備中に済州島に行き、当地の劇団と出会った。以来交流が続き、彼らからマダン劇を学んだ。「韓国では文化芸術への助成金が手厚く、私達にマダン劇を教えてくれるために来日する時の彼らの渡航費も、そして私達がマダン劇を学ぶために彼らのもとに行く時の渡航費までも、助成していただけました。大変感謝しています」。
演劇を通して死者を弔う
舞台にはユーモアもあり、生きるエネルギーが溢れる。今回は台詞劇だが、歌や舞踊を取り入れたり、また、舞台を客席が丸く囲むように設置し、観客に語りかけながら一体感を楽しませるマダン劇を作ったりすることも多い。生き生きとした舞台は、観客に訴えかけるとともに、済州島での悲劇に見舞われた先祖達の魂に向けて、「私達は今、日本で生きています。子孫が生きています」と力強く呼びかけているようにも思える。ちなみに大阪は、日本で最も多く済州島をルーツとする在日コリアンの多い地域である。「芝居には死者への弔いの意味があると思います。声を上げられずに亡くなった人の思いが、私達の胸にあるからこそ、彼らの分も頑張れます」。
歴史のもつれをほどく
2007年初演の『4.24（サイサ）の風』は、再演を重ね、日本と韓国で36カ所、約1万人を動員している。1948年の4.24教育闘争がモチーフ（阪神教育事件とも呼ばれる）。GHQの指令を受け、日本政府が朝鮮学校閉鎖命令を発令したことから起きた悲劇である。デモの中、在日朝鮮人少年が亡くなった。抑圧したのは日本人ではあったが、作品では一方的に日本人を責めているのではない。第二次世界大戦、さらに言えば第一次世界大戦から面々と続く世界中の混乱に翻弄される中で起きた悲劇であることを冷静に分析し、もつれた糸をときほぐすように、編み上げた。さらに母国の言葉や文化を大切にするアイデンティティも伝わる。母国の歴史や文化を大切にしながら、日本を愛し、日本に根を下ろし、納税し、生きている姿。母国の文化を大事に思うのは、日本人も同じである。お互いに大切にしていることを尊重し合いながら、真に共生する社会が来ることを、舞台を見ながら、私は願わずにおれない。]]></description>
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<title>文体を舞台化する―サファリ・P『悪童日記』に込めた山口茜の思い</title>
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<pubDate>Tue, 03 Jun 2025 00:00:02 +0900</pubDate>
<description><![CDATA[京都の演劇カンパニー「サファリ・P」が、ハンガリー出身の作家、アゴタ・クリストフ（1935～2011）の小説を原作にした舞台『悪童日記』を、6月から12月にかけ、京都・愛知・東京の3都市で上演する。2017年の初演以来、上演の度に再創作を繰り返し、深化させてきた挑戦的な作品だ。「文体そのものを舞台化したい」。脚本・演出の山口茜は、創作の出発点には、そんな思いがあったと語る。
固有名詞と感情表現がない小説
サファリ・Pは、主に既成戯曲や小説を原作にして舞台を立ち上げてきた。『悪童日記』は、原作の候補をカンパニー内で話し合う中で浮かび上がった作品だった。小説には明確に書かれていないが、舞台は、第二次世界大戦中、ドイツの支配下にあったハンガリー。主人公である双子の少年は、大きな街の戦火を逃れ、母方の祖母が住む田舎町に疎開してくる。双子を預かった祖母は、けちで粗野で、何かにつけて二人をぶつ。双子は、その暴力に慣れるために互いを殴り合い、飢えに慣れるために断食する。奇妙な決まり事を作って自らを鍛え、過酷な日常をしたたかに生き抜いていく双子の姿が、彼らの日記という形で淡々と綴られる。暴力、貧困、病気、虐待、殺人……複雑な要素をそのままに抱え込んだこの小説は、1986年のフランスでの出版以来、世界各国で翻訳され、人々に衝撃を与えてきた。文体が特徴的だ。固有名詞は登場せず、内面描写が一切ない。双子は「ぼくらが記述するのは、あるがままの事物、ぼくらが見たこと、ぼくらが聞いたこと、ぼくらが実行したこと、でなければならない」とし、「美しい」「好き」といった客観性に欠ける言葉を日記から注意深く排除する。原作にひきつけられた山口は「でも、この物語だけを舞台として立ち上げたら、感動して泣ける話にはなるかもしれないけれど、戦争をなくすための思考にはならないのではないか」と考えたという。原作者のクリストフ自身は、1956年、旧ソ連の支配に対して民衆が蜂起し、鎮圧された「ハンガリー動乱」の折に国外に逃れた。彼女はやがてスイスに住み着き、工場で働きながら、生き延びるために学んだフランス語で小説を書き始めた。「母語ではない言語で書かれたためか、文体はシンプルで、血肉化されていないというか、肉体と分離しているように感じられる。この文体をこそ舞台化したい、と直感的に思いました」。
ミニマムな表現手法で
原作から入念にテキストを抽出し、俳優・ダンサーたちの躍動する身体と、5台の平台のみの装置というシンプルな表現手法で、文体を空間に転換する試みに挑んだ。京都での初演は2017年。2019年に再演し、同年には女性アーティストが集うコソボ共和国の芸術祭「Femart Festival 7th」に招待された。熱気に包まれた劇場で現地の人々の熱いスタンディングオベーションを受け、続いて瀬戸内国際芸術祭に参加。2024年には、THEATRE E9 KYOTOで上演しており、今回が通算6度目の上演となる。顔ぶれは少しずつ異なるものの、一貫して出演者は5人。それぞれが、双子、おばあちゃん、「兎っ子」と呼ばれる隣の娘、町の司祭を演じ、双子役以外の3人は、双子の母や父、司祭館の女中、刑事など複数の役を演じていく。双子役は、男性二人が演じたこともあるし、男女が演じたこともある。原作の背景にはクリストフと兄との親密な間柄があるとされており、双子の一方を女性が演じると、原作者自身の存在も双子像に重なってくる。今回の配役は、双子の一方が達矢、おばあちゃんが佐々木ヤス子、兎っ子が芦谷康介（以上サファリ・P）、司祭が辻本佳、双子のもう一方が森裕子（Monochrome Circus）。芝居は「彼は、男性です」と俳優の外見を説明するところから始まる。俳優の外見の特徴を述べていく中で、徐々にその俳優が演じる役の外見へと説明がスライドしていく。いつの間にか劇が始まり、登場人物の感情が高まると、突如、俳優が役を離れ、再び「彼は…」と外見を説明し出す。このことが一種の異化効果を生み、観客は双子の日記にある「真実だけを記す」というルールに立ち返ることになる。振りは出演者のアイデアを基本に、調整して決める。まさに「いま、ここ」にいるメンバーの個々の身体が、上演の度に新たな創造につながっていく。今回はさらに、原作から抜き出した文章を適切な場で発話することにより、物語の筋が理解しやすくなるようにした。「今回は結局、あまりスピード感は重視していない感じになってきました…」。
「消費されない」あり方を目指して
『悪童日記』を読むと、第二次世界大戦中にユダヤ人が受けた激しい迫害がわかってくる。だがこの小説は、ある時代の、ヨーロッパの田舎町の、特異な戦争の物語として簡単にくくれるものではない。パレスチナ自治区ガザ地区の人々をはじめ、この世界には、非人間的な戦闘にさらされている人々が今も多数存在する。だからこそ山口は、この舞台が「感動するための物語」として消費されることを拒んできた。サファリ・Pが選んだミニマムな表現手法は、極小であるがゆえに力強い普遍性を獲得し、観客の心をざわめかせ続けている。山口は、今回の上演で挑む新たな課題を「瞑想」と表現する。「出演者が各々の呼吸に集中し、演技によって立ち現れる感情や思考を表現しないという作業をより意識する」というのだ。「文体そのものを舞台化しようと考えた、その原点に返りたいんです。そのために、もう一度原作を読み直し、台本を作り直しました。その作業の中で、これまでの作品では、原作小説に書かれていないことを私が勝手に想像力を膨らませて補ってしまっていたことに気がつきました。そこで今回は、その私の想像力の部分を完全になくし、戦時下では、それが真実かどうかということよりも大切なことがあるのではないかと、観客に気がついてもらえるような演出にすることにしました」。
2023年にオープンした名古屋の「メニコンシアターAoi」の芸術監督としても多忙な日々を送る山口。だが活動の拠点はずっと京都だ。「強い意志を持って関西を拠点にしているのではないんです。本能的に離れられなくて」と笑う。「東京にはあこがれるし、そこで市場価値のある自分、消費される自分になりたい、と思うこともいまだにあります。でも現実の私のあり方は、それとはちょっと違っています」。8歳と5歳の子の母でもある山口は、最近、子供たちと一緒に滋賀の山に登った。「子供たちは岩場や水場を乗り越え、全身を使って一心に登っていく。きっと『自分の中にある喜び』を感じたからでしょう。子供たちには、喜びは『外から見られる』ことにではなく、『自分の中にある』と感じる人間であってほしい、と改めて思いました」なぜ自分は演劇をするのだろうか。「喜びは自分の中にある」という言葉は、演劇と向き合う山口自身の姿勢を示すキーワードのようでもある。]]></description>
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<title>近づく「夕暮れ」を感じつつ働き続けるということ </title>
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<pubDate>Tue, 20 Aug 2024 00:00:00 +0900</pubDate>
<description><![CDATA[劇作家・演出家の高橋恵が主宰する大阪の劇団「虚空旅団」が、９月、代表作の一つ『ゆうまぐれ、龍のひげ』を再演する（高橋作・演出）。目を奪われるような大事件が起きる舞台ではない。バブル経済崩壊後の「失われた30年」の中で、大阪にある町工場と、その工場を営む家族がゆっくりと変容していくさまが、淡々と、しかし温かみのある筆致で描かれる。新たなキャスティングで再演するこの作品に、高橋はどんな思いを込めたのだろうか。
舞台は大阪の小さな町工場
今回は、大阪・ミナミの小劇場「ウイングフィールド」が開催している「ウイング再演大博覧會2024」（５～11月）の参加作としての上演である。この演劇祭は、演劇団体が過去に上演して好評を得た作品を、「今」の視点でブラッシュアップして再演しようという企画。初演した会場はどの劇場でもいいという。ウイングフィールドは「見逃した芝居は面白い」をキャッチコピーに、1993年から2009年まで、再演博をほぼ毎年開催。その後一時休止させていたが、新型コロナウイルス禍が一応の収束をみた今、関西の小劇場演劇の面白さ、多彩さを改めて発信していこうと、15年ぶりに復活させたのだ。参加作には、スタッフが「自信を持って薦める」秀作11本がずらりと並んでいる。『ゆうまぐれ、龍のひげ』は、虚空旅団が12年にウイングフィールドで初演した作品で、ＯＭＳ戯曲賞の最終選考に残った（高橋はその後、14年に初演した『誰故草』でＯＭＳ戯曲賞大賞を受賞している）。舞台は、大阪の小さな町工場の片隅にある坪庭。思い出の詰まった坪庭を見つめるのは、ここで生まれ育ち、今は家を出て会社勤めをしている娘の涼花だ。工場の創業者は涼花の祖父で、両親がその後を継ぎ、今は涼花の兄が三代目として経営にあたっている。海外から安価な製品が入ってくるようになり、工場の経営は苦しい。だが、高齢になった両親のために、坪庭をつぶしてエレベーターを設置することになる。涼花、兄とその妻、叔母ら、工場や家庭に対する家族のさまざまな思いが、この坪庭で交錯する。実はこの作品は、高橋自身の実家がモデルなのだという。初演からはや12年。高橋は「実は実家の工場が、昨年更地になったんです」と話す。「一つの『場』がなくなるということに、自分自身、ショックを受けました。そして今改めて、こういう場所があったのだ、ということを一般の方々に知ってもらいたいと思い、再演を決めました」。
人間が「働く場」にひかれて
高橋はこれまでに、さまざまな「働く人々」を戯曲のテーマに取り上げてきた。看護専門学校を実際に取材し、看護師として働いた経験のある人約20人に話を聞いて書き上げた『フローレンスの庭』（07年、岩崎正裕演出）は、看護職を目指す若者たちの物語だった。『花里町プレタポルテ』（16年、上田一軒演出）では、廃れてしまった縫製の町を舞台に、縫製工場で働く人々の悩みと挑戦を描き出した。また『ダライコ挽歌』（20年、高橋演出）は、亡き兄に代わって町工場を継ぐために転職した新社長が主人公。関西の、いや日本の「ものづくり」を支えてきた中小零細企業で働く人々の努力と苦闘を描いた同作は、多くの観客の共感を集めた。高橋は「人が集まって働く場所に興味がある」と言う。「自分とは異なる価値観を持つ、いろいろな人々と向き合える場所ですから」。高橋自身、十を超える職場で働いてきた。高校時代に演劇を始め、92年、甲南女子大学在学中に「劇団逆境ＶＡＮＤ」を旗揚げ（06年に虚空旅団と改称）。大学卒業後も働きながら演劇活動を続けた。最初に入社したのは印刷会社。「ここでパソコンの技術を身につけたことが後々役立ちました」。同社を辞めた後も、さまざまな仕事を経験した。洋服の型紙を作るソフトの開発に携わったこともある。「転職を繰り返してきました。労働の対価をお金だけとみると割に合わないことが多いけれど、劇作家として職場を取材させてもらっていると思うと、どこもとても面白いんです」。どの職場にも、それぞれの人間関係があり、独特の習慣や文化があったりする。働いて得た経験は、高橋の戯曲の中に巧みに生かされている。だが、働く人々を描いても、高橋の戯曲には、華やかな職業に就いている人や、成功した起業家などは出てこない。描かれるのは、明日が少しでも明るくなるようにと願いつつ、地道に、誠実に、自らの仕事に打ち込む人々の姿である。もはや経営の「夕暮れ」を迎えているような会社も登場する。高橋は「そんな会社が日暮れを迎えることは、誰にも止めようがないのかもしれない。でも、そこで働く人が、毎日ひどく不幸かというと、そうでもないように思うんです」と言う。「誰だって年をとって死ぬ。それは止められない。でも、だからといって人は生を放棄するわけではないし、何もしないというわけでもない。死ぬことは決まっている、それでも日常を生きていく。そういうものなのだと思います」。『ゆうまぐれ、龍のひげ』に描かれる工場にも「夕暮れ」が迫っている。だが劇中の涼花は「人間にできること」として、「しんどくても生きて、死ぬこと」をあげ、「それってけっこう大事なことやと思います」と話す。いずれ廃業に向かうとしても、工場の仕事や家族の営みは当たり前に続く。そこからは、諦念やニヒリズムには簡単に陥らない、人間が持つ本質的な明るさがほの見えてくる。
劇作の二つの柱
高橋の劇作家としての仕事には、二つの大きな柱がある。一つは『ゆうまぐれ、龍のひげ』のように、地に足の着いた職場もの。そしてもう一つは、時代の流れの中を力強く生きた著名人を扱う評伝ものである。たとえば『光をあつめて』（12年、深津篤史演出）では女性写真家の草分けである山沢栄子を、『人恋歌～晶子と鉄幹～』（17年、大熊隆太郎演出）では歌人の与謝野晶子を、『落選の神様』（21年、高橋演出）では日本画家の片岡球子を、『四Ｔ（シーティー）～桜梅桃李～』（23年、高橋演出）では中村汀女ら女性俳人の先駆者４人の人間像を描いた。彼女らの人生の出来事を時系列で並べるのではなく、劇作家自身の視点で切り取り、改めて組み立てるのが高橋の評伝劇の面白さだ。しかも評伝に取り上げたのは女性だけではない。茶人の千利休や戦国大名の三好長慶など、守備範囲は幅広い。虚空旅団のメンバーは現在、高橋を含め３人。高橋は今後も「職場もの、評伝もの、この二つの柱を軸に、劇作に取り組んでいきたい」と言う。随分かけ離れた２分野のように見えるが、しかし、著名か無名かの差はあれ、どちらにも、いつか終わりが来る生の時間を、思いを貫いて生き切った人間たちが描かれているように感じられる。少なくとも高橋が尽きない魅力を感じているのは、そんな人間像なのだろう。
10年たっても通用する作品を
今回の再演では、客演を含めた出演俳優５人のうち、３人が新キャストとなる。おのずと舞台の雰囲気も変化する。高橋は「作品の強度を上げるためにも、再演はもっともっとやればいいのではないか」と話し、「新作しか相手にしないという姿勢は、作る側、見る側の両方にとって疑問」と指摘する。「私たちは、10年たっても通用する作品を作ることができているのかどうか。それを検証していく必要があります」。コロナウイルスの猛威は一応収まったものの、演劇を取り巻く関西の環境には依然として厳しいものがある。しかし高橋はきっぱりと言う。「助成金がとれない、観客が戻らない、とただ言っていても何も始まらない。面白いものを作れば、お客様は見に来て下さる。目の前にある芝居を面白くすること、それが大事なのだと思っています」。高橋もまた、演劇というライフワークを得て、日々を着実に生きようとする人なのである。]]></description>
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<title>A級MissingLinkの土橋淳志、地下世界を描く新作に込めた思い</title>
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<pubDate>Mon, 29 Jul 2024 12:30:00 +0900</pubDate>
<description><![CDATA[2000年、近畿大学生が在学中に旗揚げしたA級MissingLinkで、結成以来、作・演出を務める土橋淳志。2011年には仙台を活動拠点にする劇団三角フラスコと東日本大震災をテーマに合同公演を実施。その後も、震災後の日本が抱える個人や社会の問題などをテーマに、真摯に作品を発表してきた。人の痛みは、他者には計り知れないという謙虚な態度は崩さず、しかし精一杯想像する。視点が多彩で、人に対する視線が優しいのが、彼の劇作の魅力だ。また、トリッキーなメタシアターの手法を巧みに繰り出すことでも知られる。 新作『富士山アンダーグラウンド』は、地下世界が舞台。しかも設定は現代日本。意表を突く設定に込めた思いは何か。新作の見どころを語って頂いた。
人は簡単にアップデートできないこともある
富士山の北西に広がる青木ヶ原樹海。その地下数百メートルに、淡路島ぐらいの面積の大空洞・アガルタがあることが、明治時代に発見されたという設定だ。そこではアガルタ人が縄文時代に近い生活をしていた。その後、地上に移り住む人も増えたが、ナウマンゾウ祭りには、日本各地から何万人ものアガルタ人が里帰りをする。祭りを明日に控え、アガルタ出身の大学生・美咲が帰郷。同級生の城之内もついてくる。かつて交際していた美咲とよりを戻したいという願望があったのだが、そこで様々な事件に巻き込まれていく。大昔そのままの生活をしている人達が、今の日本にもしいたら、どういう摩擦が起きるのか。それを出発点にしたフィクションを思いついたきっかけは「人間は野蛮な状態から文明的な状態に進歩するのが歴史の必然であり、正しいことだと、漠然と共有されてきましたが、人はそう簡単にアップデートできないこともあるのではないでしょうか。現代的生活をしていない人、生まれながらにアップデートできない人もいるはずで、それは野蛮なのでしょうか。無理にアップデートさせなければならないのでしょうか？そういうことを演劇で描くために、アンダーグラウンド、地下世界というものを象徴的に考えました」。西欧から波及した人間のあり方や環境についての考え方が、ポジティブな成果とネガティブな摩擦を起こしているのが、昨今の情勢と捉える。「僕自身は、西欧のリベラルな考え方について、積極的に勉強し、時代に合わせてアップデートしていきたいと考える立場です。しかし、現在の価値観に合わせられない領域はあると思います。例えば祭りや伝統行事。最近も、祭りの事故で動物が死んでしまった時、SNSで批判が集中していました。動物愛護はヨーロッパから日本に伝わった価値観ですが、西欧的な考え方と日本の伝統の付き合い方を、どう調整するのかが大切だと思います。伝統はなくならないものという前提でものを考え、両者を繋げていくことはできないものでしょうか」。その模索を作品の中で表現する。多様な価値観を持つ人が共生できる、豊かな社会のあり方について観客と共に考えることを目指している。劇中に登場する、架空のナウマンゾウ祭り（人とゾウが戦う行事）については、「人には原始的なところがあると思います。勿論、命が最も大切であるのは、理屈では正しいです。ただ、自分の命より大事なものを時々見つけてしまうのも人間です。家族であったり、自分の生まれた土地に対する思いであったり、誤解を招くかもしれませんが、誇りであったり。そういう人間っぽいものとどう付き合っていくのか」。それを考える暗喩としてのナウマンゾウ祭り。決して命をかけることを推奨するわけではないが、人の奥底に潜んでいる意識を焙り出していく。他にも様々な暗喩に満ちた戯曲。暗喩の答えは、一つではない。観る人によって、多彩な想像と解釈が楽しめる舞台になりそうだ。
不確かな現実をポジティブに捉える
土橋の戯曲は、巧妙な入れ子構造であることが多い。劇中劇があるなど、物語の中で別の物語が展開する多重構造。現実の場面と思って観ていたら、いつの間にか妄想の世界にすり替わっていることもある。メタシアター（演劇についての演劇）と呼ばれる手法だ。「今回は、設定自体が日本の地下世界というパラレルワールドなので、さらに複雑にならないよう、入れ子構造にはしていません」とのことだが、この機会に、彼がメタシアターにずっとこだわってきた理由を聞いてみた。「阪神・淡路大震災の影響があると思います。1995年には震災と地下鉄サリン事件が起きました。また『新世紀エヴァンゲリオン』の放送が始まったのも、この年でした。この年に受けた影響が大きいです。世界が分裂しているような感覚を持っています。ゆるぎない世界が1個だけある、という感覚が持てないのです。今生きている時間も、果たして現実なのかどうか・・・。確かな感覚が持てず、その不確かな現実を描いていきたいです。現実が不確かなのは、ネガティブなこととは限りません。『もしかしたら、こうだったのかもしれない』と、別の可能性を感じるのも好きです。また、過去の思い出は、人に話すたび、毎回更新されていきます。しゃべっていくうちに、変わっていきます。そうやって過去の時間を捉えたほうが生きやすいと思っています。架空の日本を設定することも多いですね。別の可能性があったかもしれない、と考えることが、未来を考えるきっかけになるのではないでしょうか」。新作はメタシアターではないものの、それに通じる彼の世界観が生きている。
集団性について。皆が気持ちよく、いい作品の作れる環境を整えたい
結成当時から、劇団代表と、作・演出をする人は分けている。代表は松原一純、作・演出が土橋だ。「権力の集中を回避し、分散するためです」。旗揚げ時には10人だった劇団員。今は当初からのメンバー3人と、その後入団した一人の、計4人が常に公演に参加し、ほかのメンバーは、その時々で参加できる時は参加するという、無理のない体制だ。劇団活動で重視しているのは「皆が気持ちよく、いい作品が作れる環境をどう作るのか、ということを常に考えています。ハラスメントが起きないように、ということは勿論ですが、台本を早く書き上げることも大事です。本番2ヵ月前には脱稿するようにしています。本を早く仕上げることで、スケジュールもきちんと立てて、計画的に進めることができます。ただ、自分はなんでも準備をする方なのですが、一番思い通りにならないのが、本を書くことです。『この日までに何ページ書く』と決めても、やはり書けない時は書けない。対策としては、早くから書き始めること。また、プロットをしっかり作ってから書き始めると早いです。それでも今回は、かなり苦戦しました」。
関西演劇界に必要なこと
若い才能が次々に登場している関西演劇界。必要と思うことは何かを問うと「若い人が演劇を続けられる環境がもっと整うといいですね。例えば、稽古する場所。大阪はまだ稽古場が少ないです。特に長期間借りられて、ものが置ける稽古場がないですね。その日稽古するためだけの部屋は借りられますが、本番直前は、仮舞台を作って、実寸で稽古したいものです。それのできる場所が、なかなかないですね」と、若い劇団を気遣う。 かなりの実力派だが、派手な宣伝活動はしておらず、まだご覧になったことのない方もいらっしゃるだろう。この機会に、彼らの個性的な舞台に足を運んでいただければ幸いである。]]></description>
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