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<title>アーティスト・インタビュー | 関西えんげきサイト</title>
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<pubDate>Sat, 20 Sep 2025 11:46:57 +0900</pubDate>
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<title>劇団不労社の西田悠哉の独創的な劇世界</title>
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<pubDate>Mon, 18 May 2026 10:30:39 +0900</pubDate>
<description><![CDATA[活性化する関西の若手演劇シーンの中でも、特に進境著しい劇団不労社。2015年、大阪大学を母体に旗揚げし、当初から「暗黒」と「喜劇」をキーワードにした作品群が注目を集め、数々の賞を受賞。最近では『MUMBLE―モグモグ・モゴモゴー』で、第2回関西えんげき大賞（2023）優秀作品賞・観客投票ベストワン賞を受賞。全国区の賞でも、演劇人コンクール2024にて、代表の西田悠哉が最優秀演出家賞及び観客賞を受賞している。西田はさらに「ロームシアター京都レパートリーの創造　ホープス」（京都から世界へ才能を発信する新プロジェクト）のアソシエイト・アーティストに採択され、海外公演を視野に世界へ羽ばたこうとしている。5月末から東京と京都で第15回せんがわ劇場演劇コンクールオーディエンス賞受賞作『サイキック・サイファー』を改訂再演するのを前に、劇作家・演出家・俳優の西田悠哉にインタビューした。作風はホラーのようでいて爆笑を誘い、日常的光景から超現実的次元へ突如飛躍する。台詞はラップのようにリズミカル。その斬新な作風のベースにあるものは、何なのか。少年時代にまで遡って話を聞いた。
一番影響を受けたのはラッパーの宇多丸
高校まではサッカー部員だった体育会系。一方で中学の時、ラッパーで映画評論家の宇多丸を知り、彼の影響でラップと映画にはまった。「宇多丸さんが、タランティーノについて、ヒップホップ的な映画の作り方をしていると語ったことに刺激を受けました。ヒップホップは、ソウルやジャズなど過去の音楽の一部分を切り取り、反復させて1つの音楽を立ち上げていきますが、タランティーノ作品にも過去の映画など元ネタが存在しています。パッチワーク的な作り方に興味を持ちました」。そして大阪大学進学後、演劇サークルのメンバー達とアメリカのホラー映画『悪魔のいけにえ』（トビー・フーパー監督）を見た時、「皆で爆笑したんです。ホラー映画で笑ったのが新鮮でした。爆笑が起きた理由は、予想のできない展開と、そして『火力』（熱の強さ）。恐怖も、過剰になると、笑いが起きます」。その時、笑いと恐怖の境界への興味が芽生えたという。多くのホラーファンや批評家から、史上最も怖い映画の1本と評される『悪魔のいけにえ』だが「冒頭の30分は何も起きないんです。ただ、不穏な空気は常に流れています。あるコミュニティの中のいじめなど、イヤな感じのコミュニケーションが描かれて、入り口はリアルなんです。それが突如、過剰なまでに異様な虚構世界へと飛躍します。このリアリティを演劇ならどう設定するのかが、学生時代に抱いた興味でした」。その具体的な方法論を考えた時「大人計画もつかこうへいも唐組も好きですが、自分がやるとなると、自分のパーソナリティとは温度感が違うんです」。そんな時に出会ったのが、当時大阪大学で教授をしていた平田オリザだった。「平田オリザさんは、引き算の美学です」。平田オリザによる現代口語演劇との出会いにより、「過剰」へと上昇する前の、リアリティを構築する方法を掴んだ。一方、現在の劇団員である永淵大河らと「SHU-MI」というグループで、ラッパーとしても活動している。西田の台詞のリズム感は、その経験がベースにある。ホラー映画とラップと現代口語演劇。それらが彼自身の組み合わせの妙により、独自のスタイルとして結実するに至った。「戯曲を書く時は、プロットなしで冒頭から書いていきます。転調した方が良いと思った時も、ロジックではなく感覚的に転調します。即興的に作るのはラップみたいな感覚です」。
２つのシリーズのコンセプト
創作には２つのシリーズがある。まず本公演で行ってきた『MUMBLE―モグモグ・モゴモゴー』をはじめとする「集団暴力シリーズ」。ムラ社会的な閉鎖コミュニティを舞台に、共同体に内在する暴力性を考察するものだ。このシリーズは『MUMBLE―モグモグ・モゴモゴー』で一旦完結したが、今秋発表する新作『暗黒の喜劇』は、因習、権力、執着といった要素を持つ同シリーズの系譜に連なる作品である。なお本公演では、小劇場の中でも比較的大きい空間（ロームシアター京都やアイホールなど）で、客演も迎え、大作を上演する。集団暴力シリーズは、ヒューマン劇と言える。そこには、東京で生まれ育った西田が、中学の時富山県に移住した経験も影響している。田舎のスローライフの良さは勿論あるものの、生き辛さも正直感じたという。「町のゴミ拾いに参加しないことで白い目で見られ、そのことがすぐ噂になるような環境でした」。ただ、それは地方に限ったことではなく、日本人のメンタリティに共通に根差すものと気づき、それが、相互監視や同調圧力を描く同シリーズに発展した。一方で「ヒューマニズムを前提とした劇は、人間が問題を解決し、乗り越えていく過程を描くものですが、現代社会でそれが機能しているのか？という疑問もあります。問題を問題のまま放置し、葛藤すらできない状況なのではないでしょうか」。その発想からノンヒューマン劇への志向も生まれ、もう一つのシリーズ「FLOW series」へとつながる。このシリーズは、自分の手法を広げるための実験的枠組みとして、劇場ではない場所で、場所の匂いや気配を取り込みながら、劇団員だけの少人数で行っている。『悪態』（2022年初演）は、大正時代に建てられた大阪のフジハラビルや、豊岡の友田酒造など、５都市で31公演を展開。リミナルスペース（日常と非日常、現実と異世界が混在する境界空間）と呼ばれるネットミームから想を得た作品。俳優達が激しい身体表現を繰り広げ、全てのカオスが終わり、溶暗した後再び明かりがつくと、舞台は無人で、赤い球体が3つだけ存在している。その風景が強い印象を刻んだ。「人が主役ではなく、空間やモノも同時に主役になる。人が誰もいない風景は、気配や余熱を劇の中心にしたかったものです」。
最新作「サイキック・サイファー」のモチーフは陰謀論とラップ
間もなく上演される『サイキック・サイファー』は、「FLOW series」の最新作 だ（2025年初演作の改訂再演）。FLOWとは、不労社のフロウであり、またラップの歌い回しのことでもある。本作は「電子音楽劇」と銘打ち、ラップもふんだんに盛り込まれる。音楽はin the blue shirtが担当する。作品のモチーフは、陰謀論とラップ。なお、陰謀論は、今秋予定されている本公演の新作『暗黒の喜劇』でも継続して取り上げる。陰謀論者とは、社会的な出来事や歴史的事件の背景には、必ず巨大な闇の組織や黒幕による「計画的な陰謀」があると信じ、主張する人々のことであり、SNSで拡散する傾向がある。「陰謀論に夢中になること自体が楽しいのだと思います。世界に悪い奴がいて、自分の不幸や孤独の原因をそこに見出す。隠された真実を見つける興奮は、人類に備わっている高揚のメカニズムです。ただ、作品では、その善悪を論じてまとめるのではなく、何故人々は陰謀論にはまるのかを描きたい。今、皆それぞれ信じているストーリーが違うんです。かつてはマスメディアによって世界観がある程度共有できましたが、今はネットからどんな情報を得て、影響を受けているかにより、リアリティのベースが根本的に違います。パラレルワールドと化した分断社会を見つめていきたいと思います」。本作のあらすじは、恋人の失踪をきっかけに精神のバランスを崩した女性が、現実の空虚を埋めるようにサイファーへと導かれていくものだ。サイファーとは、ラッパーが輪になって即興（フリースタイル）を披露し合う場のことである。一見無関係なラップと陰謀論だが、ともにコミュニケーションツールの1つと捉え、点と点を線で結び付けるように創作する。「星座とは、関係のなかった星と星を人間がつないで、何かの形に見立てて名付けたもの。星座のように、点と点を繋げて大きな絵を描くように作品を作りたいと思っています」。また今回は、装置も見ものである。名付けて「スーパーシアトリカルマシーン」。舞台上にテントを建てるのだという。「これさえあれば、どこでも演劇が行える」そんな装置を目指した。劇団員の俳優４人でセッティングでき、形も変容できる。スクリーンを降ろし、映像も映し出せるが、同時にその背後にいる俳優も、透けて見せることができる。効果のほどが楽しみだ。
ネットワークを広げたい
将来の目標を聞くと「まず劇団を続けること。今、何でも始めることのハードルは下がっています。AIに聞いたら方法が出て来ますから。しかし続けることは誰でもできることではありません。そして関西を拠点にしつつ、海外も含め、ほかの地域とネットワークを築いていきたいと思います。観客ともプレーヤーともつながっていきたい。今回も、東京と京都で２チーム作る感覚です。スタッフは２都市で違い、動くのは劇団員だけです。演劇はその場でしか見られないものであり、また現地に行って人と出会える性質もあります。往来ができます。関西小劇場としてのコミュニティを築くのも大事ですが、緩やかにほかの地域とつながっていく、人の動きがあるといいと思います。ネットワークを広げていきたいです」。異質なものが融合する独創的な劇世界。前述のホラーやコント、ラップと現代口語演劇などへの興味のほか、パロルド・ピンターの研究（大阪大学卒業後、映像制作会社への就職を経て、京都大学大学院に進学。この３月に卒業した。修士論文のテーマは、ハロルド・ピンター）や、演劇人コンクール2024で最優秀演出家賞と観客賞を受賞した時の対象作が、別役実作『マッチ売りの少女』であったという側面も持つ。ボーダーを軽々と超えていく創作の感覚は、境界を越え、世界とつながっていきたいと願う人生観とも重なる。生身の身体が介在する演劇文化を通して、人々がつながる。未来を切り開き、平和へと結びついていくことに期待したい。]]></description>
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<title>金民樹が20周年記念公演を語る。</title>
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<pubDate>Tue, 19 Aug 2025 10:14:51 +0900</pubDate>
<description><![CDATA[大阪を拠点に、在日コリアンと日本の有志達によって2005年に結成された劇団タルオルム。第1回関西えんげき大賞（2022）優秀作品賞を受賞、また韓国・釜山公演では韓国2023RED AWARD「注目すべき視線」部門を受賞している実力派だ。「夜道を照らす月の明かりになりたい」と、タル（月）、オルム（昇り）と命名。年に1度の自主公演のほか、学校公演も精力的に行い、結成時から韓国公演も続けている、バイリンガル劇団である（日本で上演する時は、基本日本語で、朝鮮韓国語の台詞のみ韓国語の字幕がつく。韓国で上演する時は、それが逆転する）。20周年特別企画として、39作目となる新作『おとうとが消えた日』を上演する。これまでも、実際に起きた悲劇的な事件を描きつつ、生気溢れる舞台を創出してきたが、今回も実在の事件を扱う。1970年代に韓国で多発した在日韓国人スパイ捏造事件がモチーフ。事件に巻き込まれた人々に取材し、構想を練り、3年近くかけて書き下ろした労作。劇団代表で作・演出の金民樹（キム・ミンス）に、新作について、そして劇団として目指していることをお聞きした。
スパイの濡れ衣を着せられた在日コリアンの格闘
1970年代から80年代にかけて、韓国では在日韓国人が「北のスパイ」にでっちあげられる事件が相次ぎ、無実の人々が韓国の獄中に捕らえられた。軍事独裁政権下の民主化弾圧が背景にある。本作のモデルとなった人物は、九州で生まれ育った在日二世。東京の大学を卒業後、韓国の大学院に留学。卒業を2週間後に控えたある日、突如連行され、スパイであるという自白を強要され、13年間投獄された。彼との結婚式を控えていた女性や家族、親族達の格闘の日々が描かれる。「劇団タルオルムは、声を上げられなかった人々の声なき声と、過酷な状況下でも力強く生きた人々を描いてきましたし、今後も描きたいと思っています。今回は特に在日コリアンと母国の関係、そして家族の物語を描きたいと思います」。濡れ衣を着せられた彼には、支えた人々がいた。その中には日本人も数多くいたという。日本での学校の級友達などだ。なお、劇団タルオルムの作品では、在日コリアンの過酷な歴史が描かれるが、彼らを支える日本人の姿も描写されてきた。
日本と朝鮮半島の架け橋になる舞台を作りたい
第1回関西えんげき大賞優秀作品賞受賞作『さいはての鳥たち』（2022年）は済州島4・3事件を背景にした作品だが、そこでもキーパーソンの一人を日本人にした。1948年、朝鮮半島分断に反対する済州島の島民達が選挙を放棄。軍や警察に島民3万人が虐殺された事件。原作は、済州島から命からがら大阪に辿り着いた人々を描いた、金蒼生の小説。日本で生活するようになった主人公の窮地を救った人物は、原作では在日朝鮮人だった。それを金民樹は原作者に直談判し、台本では日本人に変えた。かつて大阪大空襲の時、在日朝鮮人に命を救われた日本人女性が、その恩返しとして今度は朝鮮人を救ったという設定にした。その変更により、復讐の連鎖は戦争を生むが、恩返しの連鎖は平和を実現することが示唆された。「この20年間の、日本人の役者さんやスタッフさん達との創作の過程があります。彼らの力がとても大きいです。良い助言を下さって、困った時には助けてくれました。彼らがいたからこそ、今の私達がいます。それはとても大切な関係です。劇団結成当初、劇団名の由来である『夜道を照らす月の明かりになりたい』には、在日コリアンの若者達の夜道を照らしたい、という思いを込めていましたが、今は変わりました。私は、自分は日本人ではないという自覚はありますが、日本社会の一員であると思っています。日本への恩恵と愛情があります。この社会全体を美しく照らしたい。この社会に生きる人達の夜道を照らしたい。この20年間でそれを目指したいと考えるようになりました。日本と朝鮮半島の架け橋になる舞台を作りたいと願っています」。今回の舞台でも、在日コリアン俳優達と、関西で活躍中の日本人俳優達が共演する。韓国留学中に無実の罪で投獄される青年・チャンを大橋逸生、青年が結婚を約束したソウル在住の女性を姜河那、彼を弟のようにかわいがる在日コリアンの叔父をリリパットアーミーⅡのうえだひろし、母親をシバイシマイの是常祐美、親族を、劇団副代表の卞怜奈が演じる。
韓国・済州島の劇団との交流
金民樹は在日三世。祖父母が済州島から日本に渡った。朝鮮学校出身で中学の放送演劇部（口演部）で演劇を始めた。中学2年生の時、大阪で、在日コリアンによる劇団アランサムセを観劇。朝鮮語だけの芝居を初めて見て、朝鮮語の美しさを改めて実感。その時の思いが演劇を続ける原動力ともなり、劇団結成につながった。旗揚げ作品は『孤島の黎明』。済州島4・3事件を扱った作品で、創作準備中に済州島に行き、当地の劇団と出会った。以来交流が続き、彼らからマダン劇を学んだ。「韓国では文化芸術への助成金が手厚く、私達にマダン劇を教えてくれるために来日する時の彼らの渡航費も、そして私達がマダン劇を学ぶために彼らのもとに行く時の渡航費までも、助成していただけました。大変感謝しています」。
演劇を通して死者を弔う
舞台にはユーモアもあり、生きるエネルギーが溢れる。今回は台詞劇だが、歌や舞踊を取り入れたり、また、舞台を客席が丸く囲むように設置し、観客に語りかけながら一体感を楽しませるマダン劇を作ったりすることも多い。生き生きとした舞台は、観客に訴えかけるとともに、済州島での悲劇に見舞われた先祖達の魂に向けて、「私達は今、日本で生きています。子孫が生きています」と力強く呼びかけているようにも思える。ちなみに大阪は、日本で最も多く済州島をルーツとする在日コリアンの多い地域である。「芝居には死者への弔いの意味があると思います。声を上げられずに亡くなった人の思いが、私達の胸にあるからこそ、彼らの分も頑張れます」。
歴史のもつれをほどく
2007年初演の『4.24（サイサ）の風』は、再演を重ね、日本と韓国で36カ所、約1万人を動員している。1948年の4.24教育闘争がモチーフ（阪神教育事件とも呼ばれる）。GHQの指令を受け、日本政府が朝鮮学校閉鎖命令を発令したことから起きた悲劇である。デモの中、在日朝鮮人少年が亡くなった。抑圧したのは日本人ではあったが、作品では一方的に日本人を責めているのではない。第二次世界大戦、さらに言えば第一次世界大戦から面々と続く世界中の混乱に翻弄される中で起きた悲劇であることを冷静に分析し、もつれた糸をときほぐすように、編み上げた。さらに母国の言葉や文化を大切にするアイデンティティも伝わる。母国の歴史や文化を大切にしながら、日本を愛し、日本に根を下ろし、納税し、生きている姿。母国の文化を大事に思うのは、日本人も同じである。お互いに大切にしていることを尊重し合いながら、真に共生する社会が来ることを、舞台を見ながら、私は願わずにおれない。]]></description>
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<title>文体を舞台化する―サファリ・P『悪童日記』に込めた山口茜の思い</title>
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<pubDate>Tue, 03 Jun 2025 00:00:02 +0900</pubDate>
<description><![CDATA[京都の演劇カンパニー「サファリ・P」が、ハンガリー出身の作家、アゴタ・クリストフ（1935～2011）の小説を原作にした舞台『悪童日記』を、6月から12月にかけ、京都・愛知・東京の3都市で上演する。2017年の初演以来、上演の度に再創作を繰り返し、深化させてきた挑戦的な作品だ。「文体そのものを舞台化したい」。脚本・演出の山口茜は、創作の出発点には、そんな思いがあったと語る。
固有名詞と感情表現がない小説
サファリ・Pは、主に既成戯曲や小説を原作にして舞台を立ち上げてきた。『悪童日記』は、原作の候補をカンパニー内で話し合う中で浮かび上がった作品だった。小説には明確に書かれていないが、舞台は、第二次世界大戦中、ドイツの支配下にあったハンガリー。主人公である双子の少年は、大きな街の戦火を逃れ、母方の祖母が住む田舎町に疎開してくる。双子を預かった祖母は、けちで粗野で、何かにつけて二人をぶつ。双子は、その暴力に慣れるために互いを殴り合い、飢えに慣れるために断食する。奇妙な決まり事を作って自らを鍛え、過酷な日常をしたたかに生き抜いていく双子の姿が、彼らの日記という形で淡々と綴られる。暴力、貧困、病気、虐待、殺人……複雑な要素をそのままに抱え込んだこの小説は、1986年のフランスでの出版以来、世界各国で翻訳され、人々に衝撃を与えてきた。文体が特徴的だ。固有名詞は登場せず、内面描写が一切ない。双子は「ぼくらが記述するのは、あるがままの事物、ぼくらが見たこと、ぼくらが聞いたこと、ぼくらが実行したこと、でなければならない」とし、「美しい」「好き」といった客観性に欠ける言葉を日記から注意深く排除する。原作にひきつけられた山口は「でも、この物語だけを舞台として立ち上げたら、感動して泣ける話にはなるかもしれないけれど、戦争をなくすための思考にはならないのではないか」と考えたという。原作者のクリストフ自身は、1956年、旧ソ連の支配に対して民衆が蜂起し、鎮圧された「ハンガリー動乱」の折に国外に逃れた。彼女はやがてスイスに住み着き、工場で働きながら、生き延びるために学んだフランス語で小説を書き始めた。「母語ではない言語で書かれたためか、文体はシンプルで、血肉化されていないというか、肉体と分離しているように感じられる。この文体をこそ舞台化したい、と直感的に思いました」。
ミニマムな表現手法で
原作から入念にテキストを抽出し、俳優・ダンサーたちの躍動する身体と、5台の平台のみの装置というシンプルな表現手法で、文体を空間に転換する試みに挑んだ。京都での初演は2017年。2019年に再演し、同年には女性アーティストが集うコソボ共和国の芸術祭「Femart Festival 7th」に招待された。熱気に包まれた劇場で現地の人々の熱いスタンディングオベーションを受け、続いて瀬戸内国際芸術祭に参加。2024年には、THEATRE E9 KYOTOで上演しており、今回が通算6度目の上演となる。顔ぶれは少しずつ異なるものの、一貫して出演者は5人。それぞれが、双子、おばあちゃん、「兎っ子」と呼ばれる隣の娘、町の司祭を演じ、双子役以外の3人は、双子の母や父、司祭館の女中、刑事など複数の役を演じていく。双子役は、男性二人が演じたこともあるし、男女が演じたこともある。原作の背景にはクリストフと兄との親密な間柄があるとされており、双子の一方を女性が演じると、原作者自身の存在も双子像に重なってくる。今回の配役は、双子の一方が達矢、おばあちゃんが佐々木ヤス子、兎っ子が芦谷康介（以上サファリ・P）、司祭が辻本佳、双子のもう一方が森裕子（Monochrome Circus）。芝居は「彼は、男性です」と俳優の外見を説明するところから始まる。俳優の外見の特徴を述べていく中で、徐々にその俳優が演じる役の外見へと説明がスライドしていく。いつの間にか劇が始まり、登場人物の感情が高まると、突如、俳優が役を離れ、再び「彼は…」と外見を説明し出す。このことが一種の異化効果を生み、観客は双子の日記にある「真実だけを記す」というルールに立ち返ることになる。振りは出演者のアイデアを基本に、調整して決める。まさに「いま、ここ」にいるメンバーの個々の身体が、上演の度に新たな創造につながっていく。今回はさらに、原作から抜き出した文章を適切な場で発話することにより、物語の筋が理解しやすくなるようにした。「今回は結局、あまりスピード感は重視していない感じになってきました…」。
「消費されない」あり方を目指して
『悪童日記』を読むと、第二次世界大戦中にユダヤ人が受けた激しい迫害がわかってくる。だがこの小説は、ある時代の、ヨーロッパの田舎町の、特異な戦争の物語として簡単にくくれるものではない。パレスチナ自治区ガザ地区の人々をはじめ、この世界には、非人間的な戦闘にさらされている人々が今も多数存在する。だからこそ山口は、この舞台が「感動するための物語」として消費されることを拒んできた。サファリ・Pが選んだミニマムな表現手法は、極小であるがゆえに力強い普遍性を獲得し、観客の心をざわめかせ続けている。山口は、今回の上演で挑む新たな課題を「瞑想」と表現する。「出演者が各々の呼吸に集中し、演技によって立ち現れる感情や思考を表現しないという作業をより意識する」というのだ。「文体そのものを舞台化しようと考えた、その原点に返りたいんです。そのために、もう一度原作を読み直し、台本を作り直しました。その作業の中で、これまでの作品では、原作小説に書かれていないことを私が勝手に想像力を膨らませて補ってしまっていたことに気がつきました。そこで今回は、その私の想像力の部分を完全になくし、戦時下では、それが真実かどうかということよりも大切なことがあるのではないかと、観客に気がついてもらえるような演出にすることにしました」。
2023年にオープンした名古屋の「メニコンシアターAoi」の芸術監督としても多忙な日々を送る山口。だが活動の拠点はずっと京都だ。「強い意志を持って関西を拠点にしているのではないんです。本能的に離れられなくて」と笑う。「東京にはあこがれるし、そこで市場価値のある自分、消費される自分になりたい、と思うこともいまだにあります。でも現実の私のあり方は、それとはちょっと違っています」。8歳と5歳の子の母でもある山口は、最近、子供たちと一緒に滋賀の山に登った。「子供たちは岩場や水場を乗り越え、全身を使って一心に登っていく。きっと『自分の中にある喜び』を感じたからでしょう。子供たちには、喜びは『外から見られる』ことにではなく、『自分の中にある』と感じる人間であってほしい、と改めて思いました」なぜ自分は演劇をするのだろうか。「喜びは自分の中にある」という言葉は、演劇と向き合う山口自身の姿勢を示すキーワードのようでもある。]]></description>
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<title>近づく「夕暮れ」を感じつつ働き続けるということ </title>
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<pubDate>Tue, 20 Aug 2024 00:00:00 +0900</pubDate>
<description><![CDATA[劇作家・演出家の高橋恵が主宰する大阪の劇団「虚空旅団」が、９月、代表作の一つ『ゆうまぐれ、龍のひげ』を再演する（高橋作・演出）。目を奪われるような大事件が起きる舞台ではない。バブル経済崩壊後の「失われた30年」の中で、大阪にある町工場と、その工場を営む家族がゆっくりと変容していくさまが、淡々と、しかし温かみのある筆致で描かれる。新たなキャスティングで再演するこの作品に、高橋はどんな思いを込めたのだろうか。
舞台は大阪の小さな町工場
今回は、大阪・ミナミの小劇場「ウイングフィールド」が開催している「ウイング再演大博覧會2024」（５～11月）の参加作としての上演である。この演劇祭は、演劇団体が過去に上演して好評を得た作品を、「今」の視点でブラッシュアップして再演しようという企画。初演した会場はどの劇場でもいいという。ウイングフィールドは「見逃した芝居は面白い」をキャッチコピーに、1993年から2009年まで、再演博をほぼ毎年開催。その後一時休止させていたが、新型コロナウイルス禍が一応の収束をみた今、関西の小劇場演劇の面白さ、多彩さを改めて発信していこうと、15年ぶりに復活させたのだ。参加作には、スタッフが「自信を持って薦める」秀作11本がずらりと並んでいる。『ゆうまぐれ、龍のひげ』は、虚空旅団が12年にウイングフィールドで初演した作品で、ＯＭＳ戯曲賞の最終選考に残った（高橋はその後、14年に初演した『誰故草』でＯＭＳ戯曲賞大賞を受賞している）。舞台は、大阪の小さな町工場の片隅にある坪庭。思い出の詰まった坪庭を見つめるのは、ここで生まれ育ち、今は家を出て会社勤めをしている娘の涼花だ。工場の創業者は涼花の祖父で、両親がその後を継ぎ、今は涼花の兄が三代目として経営にあたっている。海外から安価な製品が入ってくるようになり、工場の経営は苦しい。だが、高齢になった両親のために、坪庭をつぶしてエレベーターを設置することになる。涼花、兄とその妻、叔母ら、工場や家庭に対する家族のさまざまな思いが、この坪庭で交錯する。実はこの作品は、高橋自身の実家がモデルなのだという。初演からはや12年。高橋は「実は実家の工場が、昨年更地になったんです」と話す。「一つの『場』がなくなるということに、自分自身、ショックを受けました。そして今改めて、こういう場所があったのだ、ということを一般の方々に知ってもらいたいと思い、再演を決めました」。
人間が「働く場」にひかれて
高橋はこれまでに、さまざまな「働く人々」を戯曲のテーマに取り上げてきた。看護専門学校を実際に取材し、看護師として働いた経験のある人約20人に話を聞いて書き上げた『フローレンスの庭』（07年、岩崎正裕演出）は、看護職を目指す若者たちの物語だった。『花里町プレタポルテ』（16年、上田一軒演出）では、廃れてしまった縫製の町を舞台に、縫製工場で働く人々の悩みと挑戦を描き出した。また『ダライコ挽歌』（20年、高橋演出）は、亡き兄に代わって町工場を継ぐために転職した新社長が主人公。関西の、いや日本の「ものづくり」を支えてきた中小零細企業で働く人々の努力と苦闘を描いた同作は、多くの観客の共感を集めた。高橋は「人が集まって働く場所に興味がある」と言う。「自分とは異なる価値観を持つ、いろいろな人々と向き合える場所ですから」。高橋自身、十を超える職場で働いてきた。高校時代に演劇を始め、92年、甲南女子大学在学中に「劇団逆境ＶＡＮＤ」を旗揚げ（06年に虚空旅団と改称）。大学卒業後も働きながら演劇活動を続けた。最初に入社したのは印刷会社。「ここでパソコンの技術を身につけたことが後々役立ちました」。同社を辞めた後も、さまざまな仕事を経験した。洋服の型紙を作るソフトの開発に携わったこともある。「転職を繰り返してきました。労働の対価をお金だけとみると割に合わないことが多いけれど、劇作家として職場を取材させてもらっていると思うと、どこもとても面白いんです」。どの職場にも、それぞれの人間関係があり、独特の習慣や文化があったりする。働いて得た経験は、高橋の戯曲の中に巧みに生かされている。だが、働く人々を描いても、高橋の戯曲には、華やかな職業に就いている人や、成功した起業家などは出てこない。描かれるのは、明日が少しでも明るくなるようにと願いつつ、地道に、誠実に、自らの仕事に打ち込む人々の姿である。もはや経営の「夕暮れ」を迎えているような会社も登場する。高橋は「そんな会社が日暮れを迎えることは、誰にも止めようがないのかもしれない。でも、そこで働く人が、毎日ひどく不幸かというと、そうでもないように思うんです」と言う。「誰だって年をとって死ぬ。それは止められない。でも、だからといって人は生を放棄するわけではないし、何もしないというわけでもない。死ぬことは決まっている、それでも日常を生きていく。そういうものなのだと思います」。『ゆうまぐれ、龍のひげ』に描かれる工場にも「夕暮れ」が迫っている。だが劇中の涼花は「人間にできること」として、「しんどくても生きて、死ぬこと」をあげ、「それってけっこう大事なことやと思います」と話す。いずれ廃業に向かうとしても、工場の仕事や家族の営みは当たり前に続く。そこからは、諦念やニヒリズムには簡単に陥らない、人間が持つ本質的な明るさがほの見えてくる。
劇作の二つの柱
高橋の劇作家としての仕事には、二つの大きな柱がある。一つは『ゆうまぐれ、龍のひげ』のように、地に足の着いた職場もの。そしてもう一つは、時代の流れの中を力強く生きた著名人を扱う評伝ものである。たとえば『光をあつめて』（12年、深津篤史演出）では女性写真家の草分けである山沢栄子を、『人恋歌～晶子と鉄幹～』（17年、大熊隆太郎演出）では歌人の与謝野晶子を、『落選の神様』（21年、高橋演出）では日本画家の片岡球子を、『四Ｔ（シーティー）～桜梅桃李～』（23年、高橋演出）では中村汀女ら女性俳人の先駆者４人の人間像を描いた。彼女らの人生の出来事を時系列で並べるのではなく、劇作家自身の視点で切り取り、改めて組み立てるのが高橋の評伝劇の面白さだ。しかも評伝に取り上げたのは女性だけではない。茶人の千利休や戦国大名の三好長慶など、守備範囲は幅広い。虚空旅団のメンバーは現在、高橋を含め３人。高橋は今後も「職場もの、評伝もの、この二つの柱を軸に、劇作に取り組んでいきたい」と言う。随分かけ離れた２分野のように見えるが、しかし、著名か無名かの差はあれ、どちらにも、いつか終わりが来る生の時間を、思いを貫いて生き切った人間たちが描かれているように感じられる。少なくとも高橋が尽きない魅力を感じているのは、そんな人間像なのだろう。
10年たっても通用する作品を
今回の再演では、客演を含めた出演俳優５人のうち、３人が新キャストとなる。おのずと舞台の雰囲気も変化する。高橋は「作品の強度を上げるためにも、再演はもっともっとやればいいのではないか」と話し、「新作しか相手にしないという姿勢は、作る側、見る側の両方にとって疑問」と指摘する。「私たちは、10年たっても通用する作品を作ることができているのかどうか。それを検証していく必要があります」。コロナウイルスの猛威は一応収まったものの、演劇を取り巻く関西の環境には依然として厳しいものがある。しかし高橋はきっぱりと言う。「助成金がとれない、観客が戻らない、とただ言っていても何も始まらない。面白いものを作れば、お客様は見に来て下さる。目の前にある芝居を面白くすること、それが大事なのだと思っています」。高橋もまた、演劇というライフワークを得て、日々を着実に生きようとする人なのである。]]></description>
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<lastBuildDate>Thu, 21 May 2026 15:02:35 +0900</lastBuildDate>
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