2人芝居「続・背くらべ~親ガチャ編」が第1回関西えんげき大賞(2022年)の優秀作品賞に輝いた。父と娘の葛藤を描いて感動を呼んだこの舞台は、一つの劇団が作ったものではなく、演劇プロデューサーの岡本康子(Trash2)と俳優の中川浩三(Z system)が組み、「BOH to Z Produce」の名でプロデュースした作品だ。なぜ、この作品を企画したのか。意図を尋ねると、そこには、関西演劇界の未来に向ける2人の熱い思いがあった。
19年後の「背くらべ」
「Z」は中川が主宰する大阪の演劇集団「Z system」からとった文字。「BOH」は、岡本の少女時代からのニックネームだ。「昔のアイドルたちはよく『〇〇坊』などと呼ばれていましたよね。その下の文字「坊」からついた愛称なんです」と岡本は微笑む。
受賞作の作・演出は岩崎正裕(劇団太陽族)。演劇活動に熱中して離婚したカズヒロを、離れて育った20歳の娘・成華が訪ねてくる。娘への負い目を感じている父と、かつて大好きだった父への反発心をあらわにする娘。熱量の高い対話が、時間軸を行き来しつつ展開する。カズヒロを演じた中川と、成華を演じた趙沙良は、第25回関西現代演劇俳優賞の大賞と奨励賞をそれぞれに受賞。演技面でも高く評価された。
この舞台、題からもわかるように「続編」である。正編は、2003年に大阪市立芸術創造館(旭区)で初演された岩崎作・演出の「背くらべ」で、これは演劇を志すカズヒロと、家業のクリーニング店を切り盛りする姉との葛藤を描く2人芝居だった。当時、芸術創造館に勤務していた岡本がプロデュースした作品で、好評を得て各地のホールで上演された。中川は初演時からカズヒロ役を演じていたが、約19年が過ぎ、カズヒロのその後を描く続編の製作は、岡本と中川の共通の希望でもあったのだ。
仕事のパートナーとして
ともに大阪生まれで、大阪を拠点に実績を積んできた2人。その出発点は、それぞれに関西小劇場界の動きと重なり合っている。
岡本は1980年、大阪芸術大学在学中に、学生たちが旗揚げした劇団☆新感線に参加。つかこうへい作「寝盗られ宗介」などで主演女優をつとめた。だが、もともとの志望は演劇のスタッフ側。84年に退団してプロデュースの道に入り、大阪・梅田にあったオレンジルーム、兵庫県伊丹市のアイホール、芸術創造館、大阪・難波にあった精華小劇場などで数々の作品の製作に携わってきた。
中川は、高校時代から文化祭などで友達を笑わせていた人気者。大学進学後に俳優を志し、仲代達矢の「無名塾」を受験して1500人の志願者の中から最終の6人に残ったものの、惜しくも入塾はかなわなかった。大学を中退して大阪で俳優の付き人をしていた時、知人を介して劇団「そとばこまち」の生瀬勝久と知り合い、その演技に強くひかれた。「僕はこういうことがやりたかったんだ」。そう感じて、89年に入団。約4年半にわたって活動した後にフリーとなり、多彩な舞台や映像で活躍してきた。その傍ら、専門学校での演技指導の仕事に興味を感じ始め、2007年に若手育成のためにZ systemを旗揚げ。自ら演出も手掛けるようになった。
関西の小劇場界が成長し、熱気を放った時期をよく知る岡本と中川。その熱気を忘れず継承していくためにも、2人は今、若手を育てることに関心を寄せている。岡本は「若い人たちに面白い舞台をたくさん見てもらいたい」とし、中川も「若い俳優たちにしっかり稽古を積んでもらい、いつかスターを出したい」と話す。実は2人は、1995年から2003年まで、私生活上のパートナーでもあった。やがて別の生活を送ることになったのだが、今でも互いが目指すものを理解し合える、重要な仕事のパートナーだ。
収穫をふまえ新たな展開へ
「背くらべ~親ガチャ編」の成果をふまえ、2人は新たな動きに入った。Z systemは、6月1~4日に大阪の芸術創造館、15~18日に東京・下北沢の駅前劇場で「キラメキ2023 ~私はトビウオ、あなたは太陽~」を上演する。関西のとあるスイミングクラブを舞台に、アーティスティックスイミングの鬼コーチ、水原葵が、青春時代の記憶を語っていく物語だ。つかこうへい作「いつも心に太陽を」の女性版を目指し、オカモト國ヒコ(テノヒラサイズ)が書いた作品で、2016年初演。今回は、劇団員3人、客演2人、オーディションメンバー6人の計11人が出演する。全員女性。水中の動きを舞台上で表現する演技が力強く、鮮烈な印象を残す舞台である。「奈可川浩三」の名で演出を担当する中川は、「体の軸を中心からずらして不安定にすると水中の動きに見えますが、自力ではなく、水の圧力でそうなったように見せなければならない。相当の筋力が必要です」と話す。出演者は昨年末からベンチプレスなどの筋トレを続けてきた。まるで本当の選手のようだ。
一方、これまでは複数の劇団の制作業務を担当し、時間に追われることが多かった岡本は、今後は少しずつ方向転換し、「仕事を『企画』の方にシフトさせる」ことを考えているという。「2人芝居でも3人芝居でもいい、役者の力を見せられる作品を発信していきたい。それが演劇を目指す若い人たちを生み、育てることにもつながるはずです」。
上演する場の面でも、経済的な面でも、現在の関西での演劇製作は、決して恵まれた状況にあるとは言えない。だが、たとえ小さくても、力のある、面白い作品を一つでも多く作り、見せていくことが、後進たちの行く手を照らす光になることは確かだろう。「続・背くらべ~親ガチャ編」の再演も期待される。これからの2人の動きに注目したい。