コロナからの復興企画~関西演劇を広める、広げる

関西えんげき大賞

の劇評 ウイングフィールドのスタッフに聞く「WINGCUP」が目指すもの VIEW:1178 UPDATE 2023.10.26

にぎやかな繁華街のビルの6階に、小劇場「ウイングフィールド」(大阪市中央区東心斎橋)はある。1992年の開設以来、100席に満たないこの空間は、小劇場演劇の拠点として関西の演劇ファンに親しまれてきた。演劇人を後押しする多彩な企画も主催してきたが、2023年12月~24年2月に行われる若手劇団のための演劇祭「WINGCUP(ウイングカップ)」も、その一つ。14回目となる今年度は7団体が参加する。
「若手劇団にとっては、羽ばたいていける足場となり、中堅・ベテラン劇団にとっては、疲れた時に羽を休めて原点を見直せる〝野戦病院〟のような場となるように」。ウイングフィールドの福本年雄代表は、小劇場運営の理念をこう説明する。それは、新しい才能の発掘に情熱を傾けた初代のプロデューサー、中島陸郎(99年死去)の意志でもあった。WINGCUPが、その志を受け継いでいることは言うまでもない。

WINGCUPの誕生と歩み

第1回が開かれたのは10年の秋。当時、ウイングフィールドの事業主任だった寺岡永泰のアイデアだった。劇団「流星倶楽部」の演出家でもあった寺岡は、近年、劇場ではなくカフェやライブハウスで上演する劇団が増え、人間関係が仲間うちで閉じがちで、若手と先輩の間での知識の継承が難しくなっているのではないかと懸念していた。そこで、ミーティングや前夜祭・後夜祭(合評会)に参加すること、相互に招待し合うことなどを条件に参加団体を募り、劇場費の割引、劇場スタッフのアドバイスなどの支援が受けられる演劇祭を企画。劇作家、劇評家ら審査員による合議で最優秀賞、優秀賞を決めることにした。
以来、WINGCUPは年1回開催され、年度によって幅はあるものの、各回4~10劇団が参加してきた。新型コロナウイルス禍の中にあった21、22年度は数劇団が上演を中止せざるを得なかったが、それでも演劇祭自体は継続させた。
関西ではこれまで、若手劇団向けの企画として、兵庫県伊丹市のアイホールの次世代応援企画「break a leg」、大阪市天王寺区のシアトリカル應典院本堂ホール(現浄土宗應典院本堂)での舞台芸術祭「space×drama」、神戸アートビレッジセンターの「KAVC FLAG COMPANY」などが知られたが、いずれの企画も既に終了している今、WINGCUPは、若手劇団が最初に目指す演劇祭として注目度を増している。最近は、北海道や愛知など他地域から参加する劇団も出てきた。

多様な視点から審査する演劇祭

今年の参加団体は七つ。上演スケジュールは次の通り。片羽蝶=12月2、3日▽自由バンド=10日▽sutoα=16、17日▽劇団ゆうそーど。=2024年1月20、21日▽刹那のバカンス=2月3、4日▽ナハトオイリア=17、18日▽白いたんぽぽ=24~26日。参加団体は、関連企画のワークショップへの優先参加や、配信システムの無料貸し出しなどの特典を受けることもできる。
今年度の審査員は、広瀬泰弘(劇評家)▽塚本修(舞台監督)▽高橋恵(虚空旅団/劇作家・演出家)▽土橋淳志(A級MissingLink/劇作家・演出家)▽三田村啓示(俳優)▽はたもとようこ(桃園会/俳優・ウイングフィールドスタッフ)――の6人。最優秀賞、優秀賞の劇団には、それぞれに次回公演との提携、協力や、ウイングフィールドの1年間フリーパスチケットなどの副賞が贈られる。ほかにも、合議による俳優賞・スタッフ賞や、審査員個人賞が贈られることもある。同時に、若手演劇人を対象に、参加作品の観劇レビューを書いてもらう「若手レビュアー企画」も実施する。
現在、ウイングフィールドのスタッフとしてWINGCUPを担当している豊島祐貴は、活躍の場を広げている劇団「プロトテアトル」の俳優。同劇団は、14年度の5回目のWINGCUPで最優秀賞を受けた。豊島は「劇団員たちが大学を卒業する直前の受賞で、『他の人に認めてもらえた』ことが演劇を続けていく励みになりました」と振り返る。「これからも演劇をやりたいと思う人が一歩を踏み出せるような演劇祭として続けていきたい」。審査員を務めるはたもとは、劇団「桃園会」の俳優であり、ウイングフィールドのスタッフでもある。「私は仕込みの段階から劇団の様子を見ることになりますから、作品のみを観劇する場合とは見方がまた違ってくるかもしれません」と話す。多様な視点、異なる立場から審査されるのがWINGCUPの良さだ。これまでの参加団体の約3分の1が現在も活動中で、注目の新進劇団として着実に成長しつつある団体も少なくない。

再演大博覧会も再スタート

ウイングフィールドは、これまでにWINGCUP以外にも、さまざまな企画を行ってきた。コロナ禍前まで続いた「むりやり堺筋線演劇祭」(09~19年)は、同劇場をはじめ地下鉄堺筋線沿線にある劇場群に声をかけて開いたスタンプラリー形式の演劇祭。他にも、仕込みの日に上演することで経費が抑えられる「のりうち企画」や、割引企画として、2カ所以上で公演する劇団対象の「旅劇」▽ウイングフィールドを1週間借りる劇団対象の「週劇」▽10日以上借りる劇団対象の「熟劇」――があり、23年5月からは、作品製作・情報発信期間を通常より長く設定する「ウイング・レジデンスプログラム」も始まった。
加えて注目されるのは「ウイング再演大博覧會」が来春にスタートすることだ。初代プロデューサーの中島が「見逃した芝居は面白い」をキャッチフレーズに93年に始めた名物企画で、初演劇場の別は問わず、過去に好評を得た作品をウイングフィールドで再演してもらおうというもの。09年に開催された後、しばらく中断していたが、福本と、スタッフである橋本匡市(演劇ユニット「万博設計」代表)の担当で、再び起動させる。福本は「厳選した10劇団に声をかけ、名作をブラッシュアップして再演してもらいます。名作と観客との新たな出会いの場になればうれしい」と話す。

人と人とのつながりの中で

ウイングフィールドは昨年、30周年を迎えた。この間、収入減少などのため一度閉館を決めかけたこともあったが、多くの演劇人からあがった存続を求める声を受けて撤回し、今に至る。現在、30周年の記念誌を編集中。この冊子は、来年、改修の目的で行う予定のクラウドファンディングで、返礼品にするという。
20年から3年続いたコロナ禍の影響は、今も完全に解消してはいない。この状況を乗り越えていくためにも、「人と人をつなぐ劇場でありたい」と福本は言う。「今後はさらに、演劇界だけにとどまることなく、幅広い他分野の人々とのつながりの中で演劇の良さを伝えていくことが必要になってくるのではないでしょうか」。
現代演劇に特化した公共劇場がない大阪の中心地で、民間の施設として、人と人、人と演劇、劇場と劇場をつないできたウイングフィールド。その存在の重みを改めて見つめたい。

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