コロナからの復興企画~関西演劇を広める、広げる

関西えんげき大賞

の劇評 空晴の岡部尚子が新作を語る。 VIEW:1217 UPDATE 2023.08.16

劇場に行く楽しみの一つに「気分が変わる」ということがある。仕事上の難題に遭遇した時、あるいは人間関係に行き詰まった時、一人で悩んでいると、どんどん煮詰まっていくものだが、気分を変え、別の角度から状況を観察できれば、前に進めることがある。
空晴(からっぱれ)の芝居は、観ていて、気分が変わる。
明るくて、笑えて、わかりやすい。そして、心に残る、いい台詞のある作品。家族など、人間関係がリアルに描写され、誰にも心当たりのある主題で、観る人が「人生がうまくいかない時、こんな風に考えればいいのか。それなら、私にもできるかもしれない」と思える、身近な解決策を提示してくれる。あるいはビターな状況で終わり、解決しないこともある。その時は「今、解決できなくてもいいんだ」と、逆に少し安心もできる。客席には、若者だけでなく、中高年層も多い。
劇作家・演出家・俳優として脂がのる、空晴(からっぱれ)代表の岡部尚子に、新作『の、つづくとこ』について、そして、最近岡部が大きな刺激を受けている能について、出会いとその魅力について語って頂いた。

取り戻すこと、やり直すことを描きたい

「ぐるぐると、リープしたり、スリップしたり、トラベルしたり、ワープする。」これは、新作のキャッチコピーだ。
大阪弁の日常的な芝居を作り続けている空晴。今回もそれは変わらず、決してSFを描くわけではないが、空晴なりの時間旅行、ある意味のタイムトラベルになると言う。「昔のアルバムを見たり、思い出の曲を聴いたりするうちに、人生が好転することがあると思います。今の自分に至るきっかけになった出来事を思い出して、その頃の気持ちに返ることで、大切なことに思い至る。それは、『タイムトラベルはしていないけど、でも、してる』ということではないでしょうか」。
前作のタイトルが『ここにあるはずの、』(2022年12月)。今回は『の、つづくとこ』。前作が「の、」で終わり、新作は「の、」で始まる。物語の内容は続編ということではないが、思いはつながっている。「前作は、店をたたもうと思っていた喫茶店のオーナーが、続けることにするところで終わりました。一旦やめようと思ったことを、継続する話でした。今回は、何かをもう一度取り戻す話にしたい。取り返しのつかないこともありますが、今からでも取り戻せることもあると思います」。
新作の舞台は、建物が取り壊され、広場になった場所。そこにカフェを開店しようとする男女がいる。彼らの前に、近所に住む男がお祝いを持って現れる。だが彼が持っていたのは、出産祝い。しかし、誰も妊娠しておらず・・・。そして、男の家族らしき人々も現れて、謎が謎を呼ぶ。ここからは見てのお楽しみだ。
描きたいことは「できなかったことをやり直す。人間関係についても、修復できることがあるんじゃないかと思います」。
確かに、人は出会いと別れを繰り返す。死別もあれば、生き別れもある。大きな亀裂が入り、再会できない関係もある。何十年も会っていない家族もいるだろう。その修復を提案しつつ、ただ、必ずしも皆が仲直りをして、丸く収まるハッピーエンドではないかもしれない。過去の空晴作品でも、「甘いだけではなく塩も利かせています。人によってリアリティが違いますから、その塩梅が難しいですね」。人によって、家族は仲良くすべきだ、できるはずだ、と思う人もいれば、会わないからこそ何とか縁だけは切らずに継続できる、という厳しい状況にある人も、いるだろう。いろんな考え方を肯定しつつ「今日は、とりあえずよかったね、という気持ちを大事にしたい」と語る。

自分の周りで起きていることへの感情。それが創作の起点

いつも作品作りで大事にしていることを聞いてみた。 まず戯曲の方法論について。1シチュエーション、つまり場所設定は一つに絞って書いている。舞台は、例えばベランダや公園など、日常的な場所であることが多い。時間も過去や未来に飛ばず、現実の時間が描かれる。「お客様と一緒に過ごす1時間30分でありたいから。場所と時間設定を統一する中で、ご都合主義にならずに、しっかりとした物語を作るのは、とても難しいのですが」。
観る人にとって、身近な主題で、励ましになる台詞のあることが、岡部戯曲の魅力であることを伝えると、「自分の心にあること、思っていることしか書けないからだと思います。自分の周りに起こったことに対する感情が出発点です。ファンタジーは、見るのは大好きですが、私自身は、日常で起きることを描きたいと思います」。
人物同士の関係性を濃密に描く。それも、家族など、私的な関係性が多いのは「上司との関係性は、会社勤めをしていない人にはわかりにくいですが、家族関係は、誰しも想像しやすいと思います。家族にも、100人いれば100通りの関係性がありますから、舞台上で行われていることに共感してくれてもいいし、否定してくれてもいいのですが、お客様に何かしら思ってもらえることがあれば嬉しいですね」。
すれ違いや勘違いから起きるコメディの要素が強いが、それは「日常で、心情を吐露することって、あまりないですよね。ただ、例えば相手がどこかに行ってしまう、とか、亡くなってしまった、と思った時、思わず本音や心情を吐露することがあります。作品では、登場人物にそうやって、思わず本音を語らせます」。そして、実は勘違いだった、相手は元気だった、というオチのつくところが楽しい。
また、稽古場で俳優達と共同作業する中で大事にしていることは「役者が戯曲をどう読むかを聞きたいです。自分はこう読んだ、と提案してくれる人、それをやってみせてくれる人と芝居を作るのが好きです」。

劇団名の由来は、サディスティック・ミカ・バンド!?

空晴(からっぱれ)という劇団名の由来は「旗揚げメンバーと一緒に考えまして、最初、『関西ローカル』にしようと思いました。ですが、それで検索すると、演劇ではない別のもの(鉄道とか)が出てきそう。内藤裕敬さんにも聞いてみると、『(その劇団名は)売れてこそだな』と言われまして(笑)。その通り!と思いました。そこで、『ない言葉(存在しない言葉)にしたい。あるけど、ない言葉にしたい』と思いました。破裂音がいいな、という意見も出ました。破裂音で、弾む感じの言葉がいいな、と。さらにサディスティック・ミカ・バンドのアルバム『天晴(あっぱれ)』の『ぱれ』っていいね、という話から決まりました」。
劇団名の由来が、サディスティック・ミカ・バンドだったというのは驚きだが、空が晴れる、とは、まさに岡部の世界観にぴったりのネーミングである。

能との出会い

最近、能の講座や公演の事務局の仕事をしている。作品作りにも良い刺激になっているようだ。
能との出会いは、大阪市の山本能楽堂が主催する「能×現代演劇work」シリーズへの参加。能の演目をモチーフにした現代演劇と、能とのコラボレーション企画で、第1弾の林慎一郎作品を2016年に観劇したのが最初。第2弾から、作と出演を依頼され、2作を執筆、3作品に出演した。その頃から能の勉強を始め、発見の連続だった。「私は演劇系の大学を出たわけではなく、座学を学んだこともなく、演劇のルーツが能であることも、脇役のワキが、能からきていることも知らなかったのです」。岡部は、学生演劇出身ではない。子供の頃住んでいた兵庫県の地域コミュニティの文化祭で舞台に立った後、中学で演劇部に所属。高校では演劇部ではなく、放送部でラジオドラマ制作を行った。就職後は観客として演劇に接し、そして1997年にランニングシアターダッシュに入団。2007年に自分の劇団を旗揚げ。創作現場でひたすら体験的に学んできた。それらのことが「世阿弥が600年以上前に、すでに言ってるやん、と知りました。例えば、『動十分心、動七分身』=心は十分に動かして、それを表現する体は、七分にとどめる、とか。現場で学んだことが言語化されていて、答え合わせをさせて頂いている感覚。もっと、もっと知りたいと思いました」。
2年前から仕舞を、今年から謡を習っている。「能は『習う文化』。客席でご覧になっている方の多くが謡か仕舞を習っていらっしゃる。両方習っている人も多いです」。岡部の師匠は、「能×現代演劇work」で出会った観世流能楽師の林本大。「習っていると言っても、まだまだ入り口ですが・・・。とても勉強になります。すり足はすーっと静かに歩いているように見えて、実は100キロのアクセルをかけ、100キロのブレーキもかけている。少し歩いただけで筋肉痛になります。ただ静かに歩くだけでは『らしく』見えるだけ。『気』があってこそ成り立つ。個性ということについても、私らは、どうやって強く押し出していこうか、と考えがちですが、能の場合は、能面で顔が隠され、見えるのは手首だけ。型も決まっている。そぎ落として、なお滲み出るのが個性です」。現代演劇を創作する上でも、能を学ぶことが大きな栄養になっている。
さらに林本の講座(座学)にも魅力を感じ、能講座を企画して、俳優仲間に声をかけて参加してもらうと、大好評。それをきっかけに「能meets」という、林本による定期講座を始めることにつながった。主催は、大の会。林本大による能公演と講座を企画主催する会であり、岡部は今、その事務局を担当している。
講座の「能meets」は、月1回行われている(90分で2,000円)。
そして、第4回能meets能と題した能公演が11月3日、大阪市の大槻能楽堂で行われる。演目は『夜討曽我』。「能には珍しく、殺陣や宙返りなど、派手な見せ場もあります」。能初体験の人も楽しめそうだ。同日朝、作品のみどころなどの解説と、一般の方も参加する殺陣実演をセットにした「事前解説」も開催される(公演とは別料金だが、22歳以下は無料)。
詳細は大の会HP
dainokai.com
参照。

心を主体にして舞う。能では、よく言われる言葉らしい。空晴は喜劇仕立てであり、能と一見かけ離れているように見える。だが、空晴の作るハートのある芝居は、どこかでつながっているのかもしれない。岡部が劇団を結成して16年が経った。ベテラン・アーティストと言えるが、能と出会い、新たな勉強を始め、ひたすら前に進む。今回の新作も、恐らくそんな人々が描かれるのではないか。困難な状況でも、少しずつ前に進むための芝居。ポジティブな岡部の人生と重なる、元気な舞台に期待したい。

記事の執筆者

()