コロナからの復興企画~関西演劇を広める、広げる

関西えんげき大賞

の劇評 A級MissingLinkの土橋淳志、地下世界を描く新作に込めた思い VIEW:322 UPDATE 2024.07.29

2000年、近畿大学生が在学中に旗揚げしたA級MissingLinkで、結成以来、作・演出を務める土橋淳志。2011年には仙台を活動拠点にする劇団三角フラスコと東日本大震災をテーマに合同公演を実施。その後も、震災後の日本が抱える個人や社会の問題などをテーマに、真摯に作品を発表してきた。人の痛みは、他者には計り知れないという謙虚な態度は崩さず、しかし精一杯想像する。視点が多彩で、人に対する視線が優しいのが、彼の劇作の魅力だ。また、トリッキーなメタシアターの手法を巧みに繰り出すことでも知られる。 新作『富士山アンダーグラウンド』は、地下世界が舞台。しかも設定は現代日本。意表を突く設定に込めた思いは何か。新作の見どころを語って頂いた。

人は簡単にアップデートできないこともある

富士山の北西に広がる青木ヶ原樹海。その地下数百メートルに、淡路島ぐらいの面積の大空洞・アガルタがあることが、明治時代に発見されたという設定だ。そこではアガルタ人が縄文時代に近い生活をしていた。その後、地上に移り住む人も増えたが、ナウマンゾウ祭りには、日本各地から何万人ものアガルタ人が里帰りをする。祭りを明日に控え、アガルタ出身の大学生・美咲が帰郷。同級生の城之内もついてくる。かつて交際していた美咲とよりを戻したいという願望があったのだが、そこで様々な事件に巻き込まれていく。
大昔そのままの生活をしている人達が、今の日本にもしいたら、どういう摩擦が起きるのか。それを出発点にしたフィクションを思いついたきっかけは「人間は野蛮な状態から文明的な状態に進歩するのが歴史の必然であり、正しいことだと、漠然と共有されてきましたが、人はそう簡単にアップデートできないこともあるのではないでしょうか。現代的生活をしていない人、生まれながらにアップデートできない人もいるはずで、それは野蛮なのでしょうか。無理にアップデートさせなければならないのでしょうか?そういうことを演劇で描くために、アンダーグラウンド、地下世界というものを象徴的に考えました」。
西欧から波及した人間のあり方や環境についての考え方が、ポジティブな成果とネガティブな摩擦を起こしているのが、昨今の情勢と捉える。「僕自身は、西欧のリベラルな考え方について、積極的に勉強し、時代に合わせてアップデートしていきたいと考える立場です。しかし、現在の価値観に合わせられない領域はあると思います。例えば祭りや伝統行事。最近も、祭りの事故で動物が死んでしまった時、SNSで批判が集中していました。動物愛護はヨーロッパから日本に伝わった価値観ですが、西欧的な考え方と日本の伝統の付き合い方を、どう調整するのかが大切だと思います。伝統はなくならないものという前提でものを考え、両者を繋げていくことはできないものでしょうか」。その模索を作品の中で表現する。多様な価値観を持つ人が共生できる、豊かな社会のあり方について観客と共に考えることを目指している。
劇中に登場する、架空のナウマンゾウ祭り(人とゾウが戦う行事)については、「人には原始的なところがあると思います。勿論、命が最も大切であるのは、理屈では正しいです。ただ、自分の命より大事なものを時々見つけてしまうのも人間です。家族であったり、自分の生まれた土地に対する思いであったり、誤解を招くかもしれませんが、誇りであったり。そういう人間っぽいものとどう付き合っていくのか」。それを考える暗喩としてのナウマンゾウ祭り。決して命をかけることを推奨するわけではないが、人の奥底に潜んでいる意識を焙り出していく。
他にも様々な暗喩に満ちた戯曲。暗喩の答えは、一つではない。観る人によって、多彩な想像と解釈が楽しめる舞台になりそうだ。

不確かな現実をポジティブに捉える

土橋の戯曲は、巧妙な入れ子構造であることが多い。劇中劇があるなど、物語の中で別の物語が展開する多重構造。現実の場面と思って観ていたら、いつの間にか妄想の世界にすり替わっていることもある。メタシアター(演劇についての演劇)と呼ばれる手法だ。「今回は、設定自体が日本の地下世界というパラレルワールドなので、さらに複雑にならないよう、入れ子構造にはしていません」とのことだが、この機会に、彼がメタシアターにずっとこだわってきた理由を聞いてみた。「阪神・淡路大震災の影響があると思います。1995年には震災と地下鉄サリン事件が起きました。また『新世紀エヴァンゲリオン』の放送が始まったのも、この年でした。この年に受けた影響が大きいです。世界が分裂しているような感覚を持っています。ゆるぎない世界が1個だけある、という感覚が持てないのです。今生きている時間も、果たして現実なのかどうか・・・。確かな感覚が持てず、その不確かな現実を描いていきたいです。現実が不確かなのは、ネガティブなこととは限りません。『もしかしたら、こうだったのかもしれない』と、別の可能性を感じるのも好きです。また、過去の思い出は、人に話すたび、毎回更新されていきます。しゃべっていくうちに、変わっていきます。そうやって過去の時間を捉えたほうが生きやすいと思っています。架空の日本を設定することも多いですね。別の可能性があったかもしれない、と考えることが、未来を考えるきっかけになるのではないでしょうか」。新作はメタシアターではないものの、それに通じる彼の世界観が生きている。

集団性について。皆が気持ちよく、いい作品の作れる環境を整えたい

結成当時から、劇団代表と、作・演出をする人は分けている。代表は松原一純、作・演出が土橋だ。「権力の集中を回避し、分散するためです」。旗揚げ時には10人だった劇団員。今は当初からのメンバー3人と、その後入団した一人の、計4人が常に公演に参加し、ほかのメンバーは、その時々で参加できる時は参加するという、無理のない体制だ。劇団活動で重視しているのは「皆が気持ちよく、いい作品が作れる環境をどう作るのか、ということを常に考えています。ハラスメントが起きないように、ということは勿論ですが、台本を早く書き上げることも大事です。本番2ヵ月前には脱稿するようにしています。本を早く仕上げることで、スケジュールもきちんと立てて、計画的に進めることができます。ただ、自分はなんでも準備をする方なのですが、一番思い通りにならないのが、本を書くことです。『この日までに何ページ書く』と決めても、やはり書けない時は書けない。対策としては、早くから書き始めること。また、プロットをしっかり作ってから書き始めると早いです。それでも今回は、かなり苦戦しました」。

関西演劇界に必要なこと

若い才能が次々に登場している関西演劇界。必要と思うことは何かを問うと「若い人が演劇を続けられる環境がもっと整うといいですね。例えば、稽古する場所。大阪はまだ稽古場が少ないです。特に長期間借りられて、ものが置ける稽古場がないですね。その日稽古するためだけの部屋は借りられますが、本番直前は、仮舞台を作って、実寸で稽古したいものです。それのできる場所が、なかなかないですね」と、若い劇団を気遣う。 かなりの実力派だが、派手な宣伝活動はしておらず、まだご覧になったことのない方もいらっしゃるだろう。この機会に、彼らの個性的な舞台に足を運んでいただければ幸いである。

記事の執筆者

()