昨年、関西演劇界に走った激震。伊丹市立演劇ホール、愛称・アイホールの劇場閉鎖問題。1988年開館以来、民間プロデューサーを登用し、その後、劇団𝄌太陽族の岩崎正裕をディレクターに、数々の自主企画で関西演劇界の活性化に寄与した、文字通りの演劇の一大拠点。存続を願う署名運動など、多くの人々の熱意により、なんとか閉鎖は免れ、当面、劇場は維持されることにはなった。しかし、予算削減で自主事業は激減、そしてディレクターの制度も、今年3月で終了。今後は貸し館が中心になる。小劇場の劇団の製作費では、使用が困難な施設利用料だ。
ただ、存続の決まった自主事業もある。
アイホールは今、どうなっているのか。そして、「元」アイホール・ディレクター、岩崎正裕は今、何を思い、どこに向かうのか。
岩崎ディレクター最後の仕事である次世代応援企画『break a leg』を前に、インタビューを行った。『break a leg』は、時代を担う表現者の発掘と育成を目的に、参加団体を公募、選考委員により選出されたカンパニーの公演をバックアップするシリーズ。同企画は今回で終了となる。岩崎は現在、参加劇団を選出した「選考委員」として、事業に参加している。
アイホールの現在
館長には、現職・山口英樹の続投が決まった。ただ、公益財団法人いたみ文化・スポーツ財団の別施設である、東リいたみホールに異動となり、今後は2館の仕事を兼務する。自主企画で継続が決まったものは、まず伊丹想流劇塾。長年に渡り、大きな成果を挙げてきた戯曲の学びの場である。塾頭は岩崎が継続する。ただ、岩崎が指導に当たるのは、月2回の講座のうち、1回だけとなった(師範/サリngRock、名誉塾⾧/北村想) 。ほかにも、教育関係の事業では、残ったものがある。『アイフェス!!』(伊丹市内の中学・高校演劇部が出演するフェスティバル)や、土曜日のワークショップなど。公演では、マイム俳優・いいむろなおきの子供向きの企画や、伊丹市民に取材し、市民も出演する『伊丹の物語』(小原延之演出)などの実施が決まった。市民向きの催しは残ったものの、長期的な意味でのアイホールの存続は、不透明なままである。「アーティスト・サイドに立った事業提案のできる人(プロデューサー、ディレクター)がいなくなったのは、残念」と岩崎は語る。
『break a leg』は、まさにアーティスト目線に立った企画だった。「今回で10回になります。続いたことが、すごいと思う。10年に渡って紹介すべき若い団体が出てきたことは、関西の底力だと思うんです。この企画が始まったきっかけは、劇団にとって、5月と6月は、劇団員の勤務先の人事異動などがあり、誰が出演できるのかがわからないこともあって、演劇公演が打ちにくく、お金もない時期であったこと。ホールも空きが多いです。その時期に、ホール代と機材費を減免にして、若手に借りてもらおうという発想から、この企画は始まりました。劇場空間の魅力をまず感じてもらって、未来につなげることができると思います」。さらに、小空間で旗揚げした若手にとって、本格的な舞台機構の劇場で上演するのは、大きなステップアップにもつながった。「参加の応募は減ることがなかった。毎回選考して、特にお客様に見て頂くべき劇団と思った集団に登場して頂く。この企画の参加を機に、初めてその劇団を見て下さる方も多く、ブレイクにつながったと思います」。
今回のみどころ
最後の『break a leg』。今回は、劇作家・演出家の合田団地率いる、京都を拠点とする努力クラブと、劇作家・演出家のFOペレイラ宏一朗率いる、大阪を拠点とするプロトテアトルが登場する。努力クラブは、新作『誰かが想うよりも私は』(6月4日・5日、合田団地作・演出)、プロトテアトルは、2019年初演の『レディカンヴァセイション』の改訂版を上演(6月11日・12日、FOペレイラ宏一朗作・演出)。
両者の魅力について、岩崎は次のように語る。「努力クラブは、主人公を含む人間関係は痛々しいが、後味が悪くない。心温まるところがある。物語に注ぐ視点も、合田団地さんご自身の感じていることが、本音で書かれている。心の中にある寂しさが、実感で描かれています。プロトテアトルのFOペレイラ宏一朗さんは、近畿大学で学んだ作家で、会話の構成が緻密で巧み。装置の組み替え方なども含め、演劇をよくご存じの方。作家の話しぶりも対照的で、記者会見で、合田さんは体験に基づくお話をされ、FOペレイラさんは、分析的にお話になっていました」。努力クラブは、恋を成就させるために、手段を問わず行動する女の子を主人公に、繊細な人間関係や冴えない感情などを描く。プロトテアトルは、大地震により、山の奥深くのビルに生き埋めになった人々の、暗闇の中での交流やすれ違いを描く。
関西演劇界に必要なものとは
劇場や、劇場主催の演劇賞、稽古場など、様々な喪失が続いた関西演劇界。そして、コロナ禍がさらなる打撃となった。今、関西演劇界に何が必要かを聞いてみた。
「きちんと自主企画のやれる公共ホールが必要ですね」。何故それが必要なのか。演劇関係者にとっては言わずもがなかもしれないが、行政にその言葉が届いていない可能性もある。あえて言葉にしてもらった。「資本に基づく演劇は、動員・収入がポイントになる。一方、公共ホールの場合は、動員以上に、現代演劇の先端を目指すことを優先できる。舞台芸術を高めていく作品作りに集中できる。そして、劇場が『市民の広場』になりえることも、大きいと思います。演劇を見ることで、自分達のコミュニティや町、国の問題まで市民が一緒に考え、語り合うことができる。そういう会話は、職場ではできないことです。考える入り口として劇場を使うのが、考え方として正しいと思います」。確かに、それは、民主主義の根幹と言える。
さらに「どんなにSNSが広がっても、演劇も、劇場も残ると思います。ただ、若い人には財力がない。いい時代を知っている大人が、どうバックアップするのかを考えていかないと」と語る。
具体的には「励みになる賞が必要です。評価された記憶は、一生残ります。評論家を含む人々にたくさん見てもらって、若い演劇人を評価して頂けると、励みになると思います。演劇は、草の根ですから。新しい劇団が急に注目を集めることは難しい。地力をつける段階を支援していくことは大切だと思います」。
岩崎自身の今後の活動は
「軸足は、劇団𝄌太陽族に置きます。年に1、2本新作を発表し続けます。コロナが明けたら、以前のように地方の公共ホールと連携して芝居も作りたいし、アウトリーチやワークショップも再開したい」。
後進の指導にも積極的で、2022年4月、大阪芸術大学短期大学部の特任教授に就任した。10年以上、非常勤講師、そして客員教授として教鞭をとってきたが、4月から専任になった。「最近の授業で、学内公演のための作品選定について、学生20数人が話し合いました。今、大事なことは、自分の意志で『私、これがやりたい』と言えること。自分の言動に責任を持つことだと思います。演劇は、その力を鍛えることができます。自らの意志で何かを選択すること。その必要性は、教育全般に言えることだと思います。大きい意見に流される時代です。個人としての発言が認識される世界を作るためにも、後進の指導は大切です」。
では、個人の主張が強くなった時、合意形成はどのようにして見出せるのだろうか。「民主主義の原理は、少数派を無視しないことです。それは、合意形成につながります。人の言葉があるから、合意形成を考えることができます」。
不条理演劇が書きたい
最後に、今書くと決めている作品を語ってくれた。なんと「不条理演劇」である。
「なぜ書くか。それは去年アイホールで体験したことに基づきます。どんどん扉が閉められていく感覚を味わいました。この中に入りたいのに、扉を閉められていく感覚。(アイホールの)中にいるから、表立って発言できないこともありました。今、リアリズムのスタイルで描けないことを書かなきゃ、と思いました」。来年3月の劇団𝄌太陽族公演で上演する予定である。
アーティストとして、教育者として
「2021年に実施予定だったワークショップもなくなり、人のつながりが分断された。その再構築を、ワークショップを再開して行いたいと思います。また大学は、自分の気力が点検できるのが良いです。いろんな局面で、40年間演劇をやった人に、何が言えるのか。気おくれしたら、次がない」。
アーティストとして、そして教育者として、円熟の境地にある岩崎正裕。演劇人が逆境に強いことは、歴史が証明している。岩崎にも逆境をバネにする底力がある。不条理を味わった末に、何を表現するのか。新しい世代に何を伝えていくのか。やはり、岩崎正裕からは、目が離せない。